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<冬硝子>
―――――明日は雪かもしれないね。
夢うつつ、耳に蘇る優しい声音はおそらく眠りに就く直前の記憶だ。
自分より体温の高い肌が心地良かったから、それを疑うこともしなかった。
次に目を開けて見えるのは、きっと真白い世界だろう、と。
寒さに身震いして、薄く目を開ける。
ふと、足りない温かさを探して凍えた爪先を泳がせた。
隣の毛布に指を這わせれば、微かに温もりがある。
ならば同じ夜を過ごした相手は、そう遠くに行った訳ではないはずだと見当をつける。
しかし鼻先を掠める冷気に億劫になり、視線だけをさまよわせた。
朝なのだから、せめて鳥くらい鳴けば良いのにと、気だるいのを静けさのせいにする。
思った通り、スザクはすぐ近くの窓の正面にいた。
椅子の背を前にして跨り、頭から毛布を被って、まるで子供のようだった。
彼の吐く息は柔らかな綿のように白く、やはり雪が降ったのかと、まだ眠気の残る頭で考えた。
冬の鋭利な朝日に照らされた、スザクの横顔だけがやけに白く眩しくて、目が離せなかった。
スザクは自分が見つめていることに気付かないまま、じっと窓の外を眺めていた。
時間すら凍ったのかと思うような静寂の中、スザクの指が白く結露した窓をゆっくりと滑る。
それを視線だけで追えば、弾かれたようにスザクが振り向いた。
ばつが悪そうにはにかんで、腰を浮かす。
それを顎だけで続けるように促せば、彼は渋々といった風情で最後まで書ききった。
ふう、とこぼれた彼の溜息が、優しく静寂を破った。
「…これで満足?」
俺に見られるのは余程不本意だったらしく、拗ねた表情で唇を尖らせた。
「ああ、大分気分が良いな」
悪戯に笑ってみせれば、スザクも諦めたように微笑んだ。
「お昼になったら消えちゃうかな?」
「だろうな。勿体無い」
「いいよ…恥ずかしいもん」
「どうせ、誰にも読めやしないさ」
俺は起き上がり、毛布ごとスザクを抱きしめた。
秘め事を共有するように笑みを交わして、軽く唇を重ねる。
毛布ごしの温もりに、何故だか泣きそうになる。
窓硝子の落書きが、雪の光を受けて少しだけ輝いた。
「…行こう、スザク。熱いコーヒーでも淹れてやる」
せめて落書きが消えてしまうまでは彼の傍にいたいと、眩しすぎる朝日に目を細めた。
***
窓硝子にあいあい傘。
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